ステージが終わった。記念撮影が済み、片付けが一段落したところで、酒井先生から3年生に集合がかかった。先生は開口一番、「結果は覚悟しなさい」。
はっきりこう仰った。
「今年の演奏の結果はどうなるか先生にもわからない。どんな結果が出ても、騒がず、落ち着いて受け止めるように」。
しばしの沈黙つい30分ほど前にステージで起きたことが、3年生全員、それぞれの心の中でとめどなくプレイバックしていた。都大会と同じ箇所での大ミス、最後の音が途切れたソロ…私自身、自由曲での致命的と言っていいミスの箇所がずっと耳の中で鳴り続けている。
演奏が終わった瞬間から、女子のほとんどはもう涙ぐんでいる。先生の話を聞いている間にそれがすすり泣きに変わってゆく。男子は全員押し黙っている。全国大会のステージを終えた安堵感などはどこにもなかった。全員が「連続金賞が途切れるかもしれない」という恐怖とプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。
出番がかなり後のほうだったため、発表までの時間はそう長くはなかったはずだが、私たちには朝から本番までの時間よりも長く感じた。ずっと押し黙ったままの者、ずっと泣きじゃくっている者、いつもより明らかに不自然な明るさで喋る者…それぞれがそれぞれのやり方で重苦しさに耐えようと必死だった。
さあ、発表である。この年、酒井先生は今津中の得津先生と共に永年出場指揮者表彰を受けられた。両先生がステージ上で抱き合い、肩を組んで退場された姿が未だに目に焼きついている(ちなみに得津先生はこの年が最後の全国大会となった)。そのときだけは皆心なしか表情が明るくなったが、その後はまた重苦しい空気が支配する。
「○○中学校、銀賞」「○○学園中等部、金賞」…出演順に賞が発表になり、普門館の広い客席のあちこちで歓声とため息が飛び交う。刻一刻と発表が近づくにつれ、皆下を向き、祈っていた。神か、仏か、いやなんでもいい、とにかく何かに祈っていた。私も両拳を握り締め、唇を噛み締めていた。
「豊島区立第十中学校…」3年生だけでなく、ほとんど全員が「ウウッ」という声にならない押し殺した声を上げた。「…金賞!」。
ずっと泣いていた者も泣いた。泣いていなかった者も泣いた。「覚悟しなさい」と言われていた結果が金賞だった喜びと、緊張の糸が一気に緩んだその安堵感で、空気が一気に柔らかくなったのが鈍感な私にもはっきりとわかった瞬間だった。
私の期は最低でも年に1回は集まる機会を設けているが、そのたびにこの日のことは語り草となる。それぞれの人生の中でも、最も緊張した日の一つであろうこの日のことは、生涯忘れられないことであろう。
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